人の幸せを祈る
 
片付けに心を込める秘訣は擬人化にあり
 

安部浩之作品No,110304
                    文,Kohsi・photo.DAJ

私の知り合いに、私宅のリフォームをお願いする、一級の大工さんがいます、見ているとホレボレする

ような仕事ぶりです。

鉋(かんな)は、手に張り付いているように見える。鑿(のみ)は、まるで6本目の指かのように木を削っ

ている。夕刻、1日目の作業が終わって、片付けの様子を見ていると、まず、削りかすのほうきがけ、

から始まり、次ぎに自分の使った大工道具の片付け、鑿は1本1本、布に包まれ、道具箱にキチンと

まっすぐに並べ、鉋も箱の枠組みされた場所に刃が触れぬように収まり・・・・

箱は、現場の一番邪魔にならない隅にまっすぐに置かれ・・・

それを淡々と、日中の作業と変わらず、時に鼻歌まじりで「あたりまえ」のごとく片づけている。

しかし、最後に必ず、無言になり、背筋を伸ばし道具に向かって、

「思いを込めたように、道具箱のフタを手でなぞる。」

を欠かさないのです。年季の入った、古い道具箱ですが、もうそれは見事な道具箱なのです。

もしも、私がその大工さんの鑿(のみ)だったら、

「こちらこそ、今日も一日、ご苦労さん、明日も頑張るから、あなたもゆっくり休んでよ」

という気持ちになります。いつも、その道具箱を見るだけで、私はまるで、その大工さんの宝箱を見る思

いがし、襟を正したくなるのです。

これはもう最近流行りの「整理整頓で仕事の効率化・・・・」の域を超えています。世話になった道具への

心がこもっているからです。この心がないと、ある小さな自動車修理工場働く工員さんの話しですが

「うちの社長がさ〜、自分の所有物なんてないんだって、だから、毎日毎日置き場所が決まってるんだよ

オレしか使わないのに毎日、置き場に取りに行くんだよ〜信じられる?」

と不平・不満が出てきます。

さて、先日のことです。久々に大工さんに来ていただき家の簡単な修理をしてもらいました。

もちろん、私はいつもの道具箱に関心をもって眺めていると、以前よりも随分と傷んでいました。

木がすり減っているという感じで一部、木の割れもありました。聞くと、落として割れたんだと言う事でした。

そこで大事な道具箱だから、「頑丈な鉄製のようなものの方が・・・」

と軽い気持ちで提案すると、次のような返事が返ってきました。

「やっぱ、鉄に囲まれた家より、木に囲まれた家の方がイイだろ〜」

私はドキッとしました。

その大工さんにとって、何と!

道具箱は、道具のおうち

だったのです。目から鱗(うろこ)でした。なるほど、この発想あればこそ・・・、と思いました。

道具を擬人化して、おうちにに帰してあげる。という姿勢です。これはスゴイ「気づき」でした。

 ・鉛筆は筆箱というおうちに帰してあげる。時々鉛筆立てという別荘にも行く。

 ・車も駐車場・車庫というおうちに帰してあげる。

 ・食器は食器棚というおうちに帰してあげる。

 ・本は本棚というおうちに帰してあげる。

 ・靴も靴箱というおうちに帰してあげる。

全部おうちがあるのです。それだけではありません。おうちから出て働く「物たち」は、擬人化されて

いますから帰す時に、会社から社員が帰る時のように「お疲れ様」という気持ちが自然と生まれます。

私はいろんなシーンで試してみました。

まずは自身から、そして家族に・・・子ども達に・・・・

どれもスゴイ効果です。特に素晴らしいとおもったのは、ある小さな子です。「それじゃあ・・・」と道具の

1つ1つに名前を付け始めたのです。考えてみれば擬人化されているのですから名前があってしかる

べきでしょう。

とにかく、私達の身の回りにある物は、人間同様、役割をもってあなたのもとへ巡ってきた物です。

「名前をつけろ」とは言いませんが、擬人化することで、心が注げるようになるのであれば、この発想

に限らず、いろいろと工夫すべきでしょう。

この擬人化は実は掃除に限ったことではありません。生活の随所に使えます。この感覚が身につくと、

感謝力が高まるのはもちろん、豊かな親和力・献身性・創造力が育ちます。特に愛情が深くなります。

物に深い情を捧げる人は、必然的に人に深い情を注げるようになります。そういう意味では物の擬人

化は豊かな情を育む最大のファクターとなるでしょう。

「そうじ・片付け」がどしても苦手という人がいたら、どうぞこの「擬人化」という発想を取り込んでみて

下さい。必ずやスゴイ効果を実感し、新たなあなただけの気づきもあるはずです。

宜しくお願いします。

 

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