人の幸せを祈る
 
パワースポットに行ってはならない

 

安部浩之作品No,110216
                  文,illust.Kohsi

今、世間ではパワースポット巡りが盛んで、旅行会社も、そのような企画を組むようになりました。

時として霊能者を引っ張り出して「○○と巡る世界の聖地・・・・」などと、ふれ込む企画もあるようです。

そのキャッチを幾つかピックアップしてみると

 ・口コミだけで広がった本当に凄いパワースポット

 ・神々の里、富士の波動エネルギーを感じる旅

 ・ついに明かされた日本の「ゼロ磁場」ベスト3選の旅

等々、こういうキャッチを見てフラッとくる人がいます。

また、時間を見つけては、神社・仏閣を巡り、恵みにあやかろうという人がいます。

「パワースポットに30分以上、午前中に行きなさい」という人もいます。

 

では、パワースポットって本当にあるの?

というと、あります。人体に経絡という気の流れる脈があり、経穴というツボ(スポット)があるように、

地球も同様です。

 ・経絡に相当するものを風水では龍脈と表現し、欧米ではレイラインなどと表現しています。

 ・そして、人のツボに相当するのが、龍穴でありパワースポットです。

  (龍脈は山の高い部分をつないだ線で凸部、龍穴は龍脈が地に落ちた凹部)

ただ、このパワースポットは常に一定のエネルギーを保持しているわけではありません。

地殻の変動や時間の周期、水脈の加減・移動などにより、常に変動しています。

それでも変動しない不動のパワースポットが、例外的に地球に2ヶ所あります。

それは北極と南極です。これは人体で言うと尾骨付近と頭頂部に相当します。

いうまでもなく、NとSの関係でもあり、極の極まった地点です。簡単に人が赴くことも出来ず、

ステイタスを保持しています。このN・Sスポットのバランスが崩れると地球全体の脈が瓦解します。

ですから、私達が通常、パワースポットと言っているのは、2番手以降です。

 

しかし、往々にして、パワースポットに行きたがる人に限って、

「運気を上げたい、金運をつけたい、病気を治したい・・・・・」

と己の欲望のみを胸に、ガツガツ、我先にと参るので、スポットに我欲(エゴ)が渦巻きます。

したがって、必然的に、振動数が合わずにスポットがズレるようになっているのです。

スポットに位置する神社では、神様も大概が、少しズレたところに鎮座しています。

つまり、聖なる域に、ズケズケと踏み込んではならないということです。

では、そのパワースポットに、人はどう向き合うのが正しいかというと、

「遠きより、感謝を捧げ、静かにしている」

というのが一番です。それが、聖なるものに対する節度ある生き方です。その生き方を天は重々知って

います。そして、理解しておくべき、大切な事があります。それは、

あなたにとって最大のパワースポットはあなたのすぐソバ、周りだ

という事です。あなたにとって、そこにかなうパワースポットはないのです。

あなたの住まいは一軒家かもしれません。マンションかもしれません。昔は沼地だったかもしれません。

昔は墓場だったかもしれません。それでも、いずれを問わず、あなたの周囲がパワースポットです。

そのスポットはあなたの性分や希望を全て抱き込んで巡り合った地です。今、どんなに不幸と思われる

ような境遇でも、その地に巡り合って命を頂いているのです。その地には

 ・あなたの性分に最も相応しい人たち、

 ・本来、あなたが必要としている人たち

 ・あなたを必要としている人たち

が「気づき」のし合いをするために、人の縁も形成されています。

それのみならず、植物や動物や微生物もあなたが最も必要とするもので形成されているのです。

だから、あなたにとって、これ以上のスポットはないのです。

「この街は・・・・私には合わない・・・引っ越すべきか・・・もっと、もっと・・・」

という発想を脱却しなければなりません。

ベストポジションで、程よく魂が磨かれるよう配置されたのです。

だから、どんな地であれ感謝の賜(たまもの)だというのです。

 

例えば、あなたは今、餓死寸前、食べ物も水もなく、あと5分で死ぬ状況だったとしましょう。

その時、あなたの前に1億円の現金とコップ1杯の水を置かれ

「どちらか1つを取ってよい」

と言われたら、

あなたは、何でも買え、一生遊んで暮らせるパワーのある1億円を握りしめて

「クルシ〜、もっと生きたかった」

と言って死にますか?

いいえ、あなたは、かけがえのない命綱となるコップ1杯の水を手にし、丁寧に飲み、

「ありがとう」

と言って感謝するでしょう。

これと同じです。欲にまみれて、パワーのある1億円を手にしても命絶えては意味がありません。

今のあなたに、本当に必要なのは、1億円よりも1杯の水です。

同じです。パワースポットを求め、さすらっても意味がないのです。

人生の巡りを遮断し、寸詰まります。また、スポットを汚(けが)すだけです。

それよりも、今、生きるのに必要なものが揃っているこの地に、足(たる)を知って、

感謝するべきです。

結局、この最高のパワースポットで、毎日の日常生活がおくれている、ということです。

遠き、聖なる地を求めて、足下(あしもと)を見ず、我を失ってはいけません。

どうぞ、そこを重々、理解して下さい。

そして、1日を寝床で終える時、どんなに不遇な地でも、どんなに粗末な屋敷でも

「命を頂いて、私にふさわしい、この地に住ませて頂いています。感謝します。」

と言う気持ちを大切にして下さい。

この生き方こそ天地の理にフィットしているので巡りがよくなるのです。

 質 問

旅行会社のいかにも・・・という企画などではなく、信頼のおけるチャネラーの企画する

パワースポット巡り(旅)ですが、そういうものであれば大丈夫ですよね?

【返 答】

これについては、己と指導者と場所、この3点を改めて記します。

1,己

  己の心魂が問われているのです。果たして「自分は何のために・・・・」を問うて下さい。

  自分が開運したい、願いを叶えたい。我がルーツを尋ねたい・・・など

  我良しの発想であればやめましょう。

  この己の心の置きどころ、いわゆる「心の向き」が最も大切です。ここが間違っていれば

  いくらパワースポットを巡っても堂々巡りです。不思議と、次から次へとパワースポットを巡

  りたくなり(実際は巡らされる)ます。そして日常を離れ、出口を見失っていくのです。

  (関連項として「「祈り」の極意」をご覧下さい。 )

 

2,指導者

  その導き手が、どういう方なのか?霊的能力を持った人には違いないのでしょうが、

  それだけでは魔界に通じた人かもしれません。神界に通じた本物は霊的能力が、

  人を惑わす事を知っていますから、隠す場合が多いので、

  「いかにも・・・・」

  というステイタスの人は、まゆつばが多いので注意です。また巧みなもので「いかにも」

  とならないように霊能を「隠す」ふりをして充分アピールしている部類の人が最も多いの

  で要注意です。

  それから神界に通じた本物は、こういうパワースポット巡りというような企画を好みません。

  むしろ邪霊が地上でしたがる業(わざ)です。

 

3,場 所

  いろいろなパターンがあるので以下指導者による3方向より説明します。

  A、神界に通じた本物霊能者の場合

    こういう企画をしません。

  B、単に霊能力のある人が選択した場合

    単純に「あ〜なんかピリピリ感じる」というだけで場所がチョイスされていたりします。

    そういうのは単純に「ピリピリする」だけの話しであって、パワースポットというよりも

    むしろ、魔境である場合がほとんどです。魔境だからこそ、人に不思議体験させる

    のです。

    高級神界は、日常の「当たり前」にアクセスし、サプライズ的に、そして安易に人

    に干渉しません。

    結局、こういうパワースポット巡り企画が最も多く、霊能者も含めて、はまりやすい

    のです。

    また、往々にして、相応の体感が生じてしまいますので、企画も「大成功」となります。

    しかし、パワースポットを巡って、太古のパワーを頂いたつもり・・・になっただけで、

    実際は、魔界のパワーを頂き、自らの首をしめる事になります。

  C、有名だけ選択されたパワースポットの場合

    古来より伝わる有名なパワースポットなどは、既に「我良し」で多くの人が参るので

    邪気に浸食されている場合、ないし場所がズラされている場合がほとんどです。

    また、本文で記した通り、神霊の方で、そうなる事を心得て、当初からズラしている

    パターンもあります。

 

以上です。追記すれば、企画する霊能者は、心して場所を選択するべきです。

 ・ 魔境であればあるほどに、誘引する力が強く働きます

 ・能力がある霊能者ほど、誘引する力が強く働きます

から重々、注意して下さい。

そして、何故に誘引されるのかを愛念を持って審神(さにわ)すべきです。審神というと難しく

感じるかもしれませんが、

「人の本当の幸せに対して、役に立つか」

という愛念・慈悲心の軸に立って

 ・与えようとするものと、奪おうとするもの

 ・自立しようとするものと、依存しようとするもの

 ・耀くものと、曇るもの・・・・

など玉石混淆を見抜く、ということです。

必然的にこういう企画をすると、日常のすべき事を差し置いて、不思議大好きな人が集まります。

特に、当たり前の努力を嫌い、「あやかろう」という意識の強い人が集まります。 そういう人に

限って依存心を強くする因子を持っていますから、惑わしてはいけません。遠回りさせてしまいます。

そして、パワースポット(聖地)であればあるほどに、土足で踏み込まない。という姿勢を大切

にして欲しいと思います。宜しくお願いします。

 

 

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