人の幸せを祈る
 
自殺者はなぜ靴をそろえるのか
 

安部浩之作品No,110201
                   文・illust,Kohsi

飛び降り・首つり・・・

と日本の自殺者は自殺の時、大半が靴を脱ぐそうですが、海外の自殺者は靴を履いたままだそうです。

これは、先の項「靴を揃えて大和心(けじめの心)を育む(クリック)」とも関連しますが。

日本人の生活習慣に「けじめる文化」が潜在しているからです。

年間の行事で見れば、季節の節目として設定された5つの「節句」は代表的なものですが

 ・田植えの後に、労をねぎらって祝いの「さなぼり」

 ・死者を弔う「盆踊り」

など、慶弔の後にも相応の締めくくりをしてきました。

また、この感覚は、日常生活においても同様です。

・朝起きて顔を洗う ・手を洗う(お清め) ・食事では手を合わせる ・風呂に入る ・・・

ここにおいても「けじめる意識」が潜在しています。

先日、母が台所シンクに塩を撒いているの目にしました。

「何をしているのか?」

と尋ねると、

「さっき、ここで、してはいけない雑巾を洗ったから、清めとかないと・・・」

と言うことでした。塩の殺菌効果などは知らず、塩で清めて、「けじめ」をつけているのです。

「玄関で靴をぬぐ」というのも、日本人が大切にした習慣であり、1つの「けじめ」です。

この「けじめる心」が、人生最後の瞬間となる時、発露するのです。

「この世」から「あの世」のステージへと逝こうとするときに、

「キチンと靴をそろえる」

という心情が発露するのです。

これは「発つ鳥跡を濁さず」「終わりよければ全て良し」とも通じています。

私達の日常生活も同様です。

日中、靴を履いて、動き回り、いろいろな事に遭遇します。

それを玄関で「キチンと靴をそろえて」けじめ、日中を「有終の美」でくくって家に入るのです。

こうして、あえて

「けじめる」ことで、1日の中に、生活スタイルの誤差を生じさせます。

これが、「生活の波」となります。

これが良いのです。波とはリズムであり、生命を躍動に導くからです。

さあ、

今日も明日も感謝の気持ちで靴をそろえましょう。

宜しくお願いします。

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